待合室の水槽の、流れる静かな物語
クリニックの待合室には特有の時間が流れている。
名前を呼ばれるまでの数分、あるいは数十分、人は不安や緊張、少しの恐怖を胸に抱えながら椅子に腰かけている。
そんな空間の片隅で、明るく静かに存在しているのが「ワングリーンのアクアリウム」だ。
水槽の中では、魚たちがいつも通りに生活している。検査結果を待つ人の心も、痛みを抱えた体も、彼らは知らない。ただ水草の間を通り、底砂から水面を行き来する。その「素朴な変わらなさ」が待合室に小さな物語を生み出している。
ある人にとっては、子どもの頃に見た川や海の記憶を呼び起こす物語かもしれない。あの頃の遊んだ川、釣った魚、夜店の金魚。
別の人にとっては、「考え過ぎても良いことないよ」という無言のメッセージになる。魚たちのリズムに視線を預けているうちに、呼吸が深くなり、心が落ち着いていくのを感じる人もいるだろう。

クリニックの水槽は、主役ではない。
しかし、そこに存在することで待合室の空気を少しだけやわらかくする。白い壁、消毒の匂い、無機質な電子音が聞こえる空間で、水と緑と生命の気配は「大丈夫、なんとかなるよ」と静かに語りかける。
魚たちは何も説明しない。それでも、人はそこに意味を見出す。不安な時間に寄り添う存在として、小さな希望の象徴として、あるいはただの「きれいな風景」として。見る人それぞれの心の状態によって、アクアリウムは異なる物語を紡ぐ。
クリニックの待合室にある水槽は、治療を行うわけではない。
だが、治療へ向かう心を整える役割を果たしている。今日もまた、名前が呼ばれるその瞬間まで、魚たちは静かに泳ぎ続け、誰かの物語の背景として、意図せずそっと、
「ワングリーンのアクアリウム」は今日も変わらず寄り添っている。
